2023.12.26

5.サービスの標準化でコンビニオーナーの満足度向上をねらう

DX(デジタルトランスフォーメーション)の成功のカギを握るのは、UX(ユーザー・エクスペリエンス=ユーザー体験)の向上である。新しいサービスを体験したユーザーの満足度を高めていくことで、その情報が他のユーザーにも広がって需要が拡大していく。ここからは、小規模修繕サービスを経験したユーザーの意識がどのように変化していったのかを振り返りながら、UXとは何かを考えてみたい。

 

 

小規模修繕サービスを待ち受けていたハードル

 

「小規模修繕サービスをウチでやってみないか?」―セブン-イレブン・ジャパン社長(当時)の鈴木敏文氏(現・名誉顧問)が、私(大竹)にそう言ったのは、急ピッチでフランチャイズチェーンを拡大するなかで、既存店舗の維持管理に困っていたからだろう。

建物の修繕は元施工業者が行うのが建設業界の常識である。建物の構造は同じでも、施工のやり方は建設会社ごとに異なっている。元施工業者であれば、新築時にどう施工したかを判っているので、不具合が生じた時にどう修繕すればよいのかも判っているからだ。

住宅などの小規模修繕でも、元施工の大工が行うのが一般的。私も小規模修繕サービスを事業化する前に、何人かの宮大工に会ってアドバイスを求めたが、異口同音に「(他の施工業者の建物を修繕するのは)やめた方がいい」と言われた。“宮大工”と言われる腕の良い職人でも、他の施工業者の建物を触りたくないのが本音である。

日本でも1995年に「製造物責任(PL)法」が施行され、製品の欠陥によって被害を被った場合に被害者は製造業者などに対して損害賠償を請求できるようになった。建物はPL法の対象外とされたが、修繕した後に新たな不具合が生じた場合、その責任が元施工業者なのか、修繕業者なのかが分かりにくくなるという懸念もある。

 

 

コンビニ営業を止めないサービスを実現

 

セブン-イレブンの店舗修繕も、元施工業者が行えばよいのだが、コンビニは24時間365日で営業を行っている。店舗に何らかの不具合が発生して営業ができない事態になれば、顧客を逃してしまうことになる。店舗営業を止めないためには24時間365日対応で応急措置を行い、修繕も営業時間内で迅速に行う必要があった。

新築をメインとした従来型ビジネスモデルの建設会社で、小規模修繕を24時間365日で対応できるところはほとんどないだろう。故障や不具合が発生するたびに、対応可能な地元の事業者や職人を探して手配することになる。当然、サービスは安定しないし、業者によって施工品質にもバラツキが生じやすい。

セブン-イレブンのようなビジネスモデルでは、全てのフランチャイズオーナーに対して一定レベルの店舗・商品・サービスを提供することが重要だ。店舗の修繕では、平準化されたサービスをオーナーに提供できていないことに、鈴木さんは強い問題意識を持っていたようだ。

私が「定額修繕サービスを商品化してコンビニで販売する」というビジネスモデルを提案した時、すぐに反応したのは、これまでバラバラに発注していた店舗修繕に、マネジメント会社を入れることでサービスを平準化できるのではないかと考えたからだろう。マネジメントフィー(手数料)を払ってでも、その方がオーナーに満足してもらえると判断したのではないか。これが最初に私が感じた「顧客の意識変化」だった。

 

 

JMの原点 “巡回点検”をスタート

 

「ところで前田建設さんでは修繕サービスをやったことあるの?」―鈴木さんに聞かれた時、もちろん「やったことはありません」と答えるしかなかった。リフォーム事業者やビル管理会社のような業態は以前からあるが、修繕サービスを専門に提供する企業はなかったからだ。問題はどうやれば修繕サービスで収益を上げられるのか―ゼロからビジネスモデルを考える必要があった。

建設工事では、最初に現地を調査し、設計図面や工事内容に基づいて事業者側が工事費の見積もりを行い、その金額に発注者が同意して正式契約という手続きを踏む。発注者は複数の事業者から見積もりを取って工事費を安い事業者に発注しようとするので、見積もりを出しても工事を受注できるとは限らない。その商慣習は数億円規模の大型工事でも、数万円という小規模修繕でも基本的に同じだ。

修繕のような少額の工事で見積もりを出して受注できなければ、営業経費の負担が重く採算が合わない。そこで私が提案したのが「定期点検サービス」だった。点検なら1件当たり「いくら」で必ず売上が入ってくるので、収入が安定する。

「点検」と言っても、建物の状態をチェックして問題を早期発見するだけでなく、点検を行う技術者がちょっとした傷や汚れ、ドアのガタつきなどを同時に直してしまうことを提案した。これによって店舗をいつも、きれいな状態に保つことができ、顧客にコンビニを気持ちよく利用してもらえる。修繕工事が必要な場合は見積もりを出し、同意が得られれば施工業者に発注し、その金額に応じて手数料を得る仕組みとした。

「コンビニ店舗 定期診断―セブンイレブン全8600店 前田建設、巡回し修繕」―2001年5月の日本経済新聞の1面に記事が掲載された。いよいよ6月から全国8600店を対象に年3回の巡回点検がスタートした。

 

(つづく)